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大阪市政からの同和利権一掃を迫る

党大阪市議団長 下田敏人(『議会と自治体』2006年8月号)

 

 芦原病院の経営破綻と、「飛鳥会」事件(駐車場経営などが「解同」〈部落解放同盟〉幹部の利権あさりの場になっていた問題)は、いま、大阪市政を大きくゆるがしています。

 これまで、党市議団が、全国的にも突出した不公正・乱脈な大阪市同和事業の終結を求めて、議会の度に市当局を追及してきたにもかかわらず、いっさい無視してきたマスコミも、ここにきて、ようやく報道するようになりました。「同和タブー」、「解同タブー」は、確実に打ち破られつつあります。さらに追及の手を強めなくてはなりません。

 そして、同和地区内外の格差が是正され、差別解消がすすんだいまもなお、「解同」との癒着が断ち切れないまま、温存されている一切の同和利権・同和特権を一掃し、「差別がある限りつづける」(市長)と強弁して、逆に差別を固定化することにつながっている大阪市同和行政を完全に終わらせることが、強く求められています。
 


 芦原病院にたいする異常な支援

 一民間病院である芦原病院(大阪市浪速区、一九六三年開設、事業主体は「解同」系の浪速医療生活協同組合)にたいする膨大な公金支出は、「行政の責任で同和地区に総合病院をつくれ」という「解同」の法外な要求に屈して、一九七〇年、府市同和地区医療センターと位置づけたことに端を発します。

 この芦原病院にたいする大阪市の支援は、数字がわかるものは一九六八年からですが、七〇年以降ケタ違いに増えていきます。一次、二次と二度にわたる整備計画による増築に次ぐ増築、相次ぐ機械設備の増強など、雪だるま式に増え、この間の公金投入は、各種補助金が百九十億円、貸付金が百三十億円、計三百二十億円というばく大なものです。病院用地や駐車場用地など、土地の無償提供も五千平方bにのぼります。

 党市議団は、芦原病院へのこうした異常な支援は、およそ公平・公正を旨とする行政にあるまじきものとして、毎年の予算・決算の質疑などをつうじ、支援を中止するよう繰り返し強く求めるとともに、病院側と大阪市との癒着の実態の究明にも全力をつくしてきました。

 備品や建物修繕などの補助金百九十億円については、適正に使用されてきたのかどうか、その裏付けとなる見積書、請求書、領収書等関係資料の提出を何度も求めました。ところが、担当部局が言を左右にしてこれを拒みつづけたため、当局が提出した資料(市への提出義務がある芦原病院からの備品整備補助金精算報告書)にもとづき、二〇〇二〜二〇〇四年度購入分として記載されている二十の医療機器について、独自に医療機器メーカーや取り扱い業者に聞き取り調査をおこないました。その結果、「医療機器の売買取引の形跡がない」ものや、定価の三倍もの「購入価格」のものなど、精算報告書がデタラメであることがあきらかになりました。

 この調査にもとづいて、市当局をきびしく追及した党市議の委員会質疑(三月議会)は、マスコミにも大きく取り上げられ、大阪市を追いつめました。

 貸付金については、「ヤミ貸付金」の解明が重要でした。一九八〇年から支出されていた「特別運営貸付金」がそれですが、その存在自体、二〇〇一年三月の委員会質疑で、党市議が、予算書にも掲載されていない貸付金があることを指摘して、初めてあきらかになったものです。経済局や環境保健局、民生局などの予算を流用して貸付けていました。

 そうして、くり返しくり返し、実に九十三回にわたり、累計七十七億円もの「特別運営貸付金」が支出されてきたのです。しかも、百三十億円の貸付金全体について、契約書には返済の期限や利率などが明確に記載されているにもかかわらず、ただの一度もそれが守られたことはなく、一円の返済も実行されませんでした。病院側には返済の意思も能力もないことを百も承知のうえで、貸し付けていたわけです。

 こうした党市議団の追及をうけて、大阪市は今年の三月に「芦原病院調査委員会」を設置し、この間二回(四月二十六日、五月二十六日)、中間報告を発表しました。このなかで、党市議団が指摘したとおり、補助金が申請どおりの機器の購入にあてられたことがまったくなかったことが裏付けられるとともに、本来病院側が作成すべき補助金申請書類を大阪市の担当職員が「作文」したうえ、補助金が申請どおりに執行された旨の虚偽の精算報告書までつくっていたという、おどろくべき事実があきらかになりました。

 このように、芦原病院にたいする公金支出がなにもかもデタラメであったことが明確になったにもかかわらず、関市長は、厚顔にも、芦原病院にたいする大阪市の債権百三十八億円を放棄する旨の議案を、五・六月議会に提出してきました。これまでの乱脈な経営によって、大阪市の膨大な支援を受けても、なお病院経営が立ちゆかず、民事再生法の適用を受けざるをえなかったことによるものです。

 それではいったい、どのような経営をおこなってきたのか。元もと、患者数の増加を見込めないにもかかわらず、それに不釣合いな大きな病院にしたうえに、職員も、同規模の一般の病院にくらべ、看護師・医療技術者で二倍、事務職は三倍、その他職員四十数人と、おどろくべきほどの多数を雇用し、長期にわたって、医療収入に匹敵、もしくはそれを上回る人件費を支出してきたのです。

 しかも、少なくとも一九九三年まで、患者の呼び水として、保険診療の一部負担金の減免までおこなっていました。それがとうとうこの四月、元もとの敷地四百九十五平方bと建物・備品等を三億一千万円で医療法人・弘道会に譲渡することになりました。これにより、大阪市の債権百三十八億五千五百万円のうち、弁済されるのはわずか千十七万円で、市民の貴重な税金百三十八億円がまるまる焦げつくことになったわけです。

 党市議団は、元もと道理のない支出であることに加え、なにからなにまでデタラメであったことから、債権放棄など到底認められないとの立場から、第一に、真相の全容解明が先決であること、第二に、芦原病院の経営者の責任を問い、応分の負担を求めること、第三に、歴代市長、環境保健局長、健康福祉局長等の責任を明確にするとともに、応分の負担を求めるべきこと、などの論陣をはって、がんばってきました。

 さしものオール与党(自民、民主、公明)も、すったもんだの揚げ句、にわかに同意できないとする態度をとったために、六月六日の市議会本会議で、市長提案の債権放棄の議案は、継続審査というきわめて異例の取り扱いとなりました。
 


 「飛鳥会」事件――業務委託でばく大な利益を保障

 また、大阪市の同和行政がいかにひどいものであったかの一端が、「解同」飛鳥支部長・財団法人飛鳥会理事長・元暴力団金田組幹部の小西邦彦が、西中島駐車場(大阪市淀川区)の業務にかかわって、五月八日、業務上横領容疑で逮捕された事件によって、白日のものとなりました。

 西中島駐車場は、一九七四年、小西の強い要求にもとづいて、当時の大阪市土木局・民生局・同和対策部などが相談して、JR新大阪駅近くの高架下市道を、大阪市開発公社に占用許可を出して駐車場を設置させたうえ、「同和地区の福祉や生活向上をはかる」などとして、一九七一年に設立された「飛鳥会」(東淀川区、小西は設立当初から理事長)に随意契約で業務委託して、実質経営させてきたものです。

 「飛鳥会」は、帳簿上「九十台」とされているスペースに二百台以上も駐車させ、収入も年二億円にものぼるにもかかわらず、七千万円程度と過小に報告していました。開発公社の側も、そうと知りながら、千八百万円の道路使用料などを徴収していただけでした。このようにして、三十二年間に五十億円近い利益をあげさせてきたのです。

 しかも、「飛鳥会」の開発公社への収入報告書は、なんと公社の職員みずからがねつ造していたこと、報告書にある「飛鳥会」の法人印は、大阪市の職員である「飛鳥人権文化センター」(旧解放会館)の館長が代行して押していたことなども判明しました(後日、現館長は逮捕されました)。

 芦原病院と同様、大阪市がぐるみで乱脈で異常な同和行政をすすめてきたのです。

 また、同じく小西が理事長をつとめる社会福祉法人「ともしび福祉会」に、小西の強い要求にもとづいて、東淀川区や福島区の市有地を無償で提供したうえ、建設補助金を出して、特別養護老人ホーム、デイサービスセンター、健康管理センター、生活支援ハウスなどを建設させ、利益を保障してきました。

 なかでも、「ともしび福祉会」が福島区に建設した特別養護老人ホーム「ともしび苑」の場合は、大阪市がそのために新たに千百平方bの土地を十一億円で買収するという超優遇をおこなっています。しかも、当時の近隣の公示価格は一平方bあたり四十数万円程度であったものを、同百万円という高値で買収しています。「土地ころがし」がやられていたのです。

 このようにして、本来、広く市民のために使われるべき公金が暴力団に流れ、かつ、小西の蓄財に回されてきました。小西は、飛鳥地区の同和住宅に住民票を置きながら、奈良に豪邸を、北区には五階建てのビルを持ち、その最上階に愛人と一緒に住んでいました。そして、二十億円もの預金と多数の株式を保有するほどのリッチぶりだったのです。

 党市議団は、早くからこの西中島駐車場問題を重視し、一九七五年の決算特別委員会で、小西が暴力団・山口組系金田組の幹部であり、駐車場経営で「解同」と暴力団を儲けさせるものだと指摘し、契約をやめるよう求めたことを皮切りに、以後二十三回にもわたり、小西と暴力団とのつながり、「飛鳥会」や「ともしび福祉会」を舞台にした利権あさりなどをとりあげ、見直しを迫ってきました。それにもかかわらず、三十年以上もこうした関係をつづけてきた大阪市の責任は、きわめて重大です。

 私は、今年二月二十七日の委員会質問で、「この駐車場の事業委託は、長期にわたって飛鳥会を儲けさせる目的でおこなったもの」であり、「わが党議員団として再三にわたって是正を求めたにもかかわらず、なんら見直してこなかったことについて、深刻な反省が必要だ」と、あらためてきびしく追及しました。

 西中島駐車場問題は、最初から小西側の要求にそって金儲けの場を提供してきたわけで、まさに、大阪市の背任行為といって過言ではありません。
 


 「矢田事件」――不公正乱脈な同和事業のはじまり

 それでは、なぜ芦原病院問題や「飛鳥会」事件などの異常なことが、まかりとおってきたのでしょうか。

 それは、一九六九年の「矢田事件」(大阪市教組東南支部の役員選挙に立候補した木下浄教諭のあいさつ状が、解同大阪府連矢田支部から「差別文書」と一方的に決めつけられ、関係教員が解放会館に監禁・糾弾された事件。「解同」はこれ以後、全国の自治体で「糾弾」という名の犯罪行為をくり広げた)にはじまり、これを契機にして、大阪市全体が、「解同」の暴力と糾弾に屈服し、同和行政といえばすべて「解同」のいいなりになって、行政の主体性を放棄するに至ったからです。

 そうして、毎年夏におこなわれる「解同」の対市交渉には、市長・助役・局長ら幹部職員がずらりとそろって出席することが慣例になり、そこで市のトップが「解同」の要求を丸のみし、それが全庁におろされていきました。

 大阪市の同和事業には、一九六九年の同和対策事業特別措置法制定以来、二〇〇二年三月の法の廃止まで三十三年間、約一兆二千億円もの巨額の税金がつぎ込まれてきました。これは、同和地区一世帯あたり約九千万円に相当します。

 こうしたなかで、生活環境などに見られた周辺地域との格差は解消される一方、一般地域のものとはかけはなれて大きく立派な学校、保育所、各種施設などの建設をはじめ、過度な個人給付事業、教職員や保育士の加配、会館等への過剰な人員配置など、いわゆる「逆差別」といわれる事態を生じさせました。そうして、これら巨額の建設土木工事などが、「大阪府同和建設協会」(「同建協」)業者に独占発注されるなど、「解同」幹部の利権と腐敗の温床になってきました。

 しかも、同和事業、同和施策をすべて「解同」=「大阪市同和事業促進協議会」(「市同促」)をとおしておこなう、いわゆる「窓口一本化」方式によって、彼らの「独占管理」の下に置かれたのです。

 問題は、こうした同和優先が、特別法が終了した二〇〇二年度以降も基本的に是正されず、同和利権が温存されていることです。市長以下が出席する「解同」との交渉は、相変わらず毎年おこなわれ、百数十億円にのぼる事実上の同和予算が毎年計上され、一般施策、あるいは人権施策と名を変えて、同和事業が存続されてきました。

 大阪市同和事業促進協議会は大阪市人権協会と名前を変えたものの、いままでどおり、この人権協会に毎年数十億円、会館の管理運営やさまざまな事業の委託を継続しています。旧同和市営住宅の入居募集についても、その周辺に限定され、広く一般市民に開かれたものとはなっていません。

 また、このような不公正・乱脈な同和行政が長年続けられてきたことについては、「オール与党」(自民・公明・民主)の責任もきびしく問われなくてはなりません。「矢田事件」のさい、当時の自・社・公・民は、「解同」の圧力に屈しなかった日本共産党市議団の市議会からの除名を強要する「解同」の恫喝に屈し、さすがに除名はできなかったものの「同和問題に関し共産党大阪市会議員団に反省を求める決議」まであげました。そして、これ以後、同和予算にはすべて賛成し、大阪市の同和施策を行政と一緒になって推進する役割を果たしてきたのです。

 今回の、芦原病院問題、「飛鳥会」事件で、百条委員会の設置を求める党市議団の提案にも背を向け、問題解決を妨げる役割を果たしています。
 


 〇五年の市長選挙が転機に

 同和利権の追及に転機が生まれたのは、昨年十一月、関市長の「改革」をめぐる突然の辞任によってたたかわれた市長選挙でした。

 小泉「構造改革」の大阪市版である「マニフェスト」を掲げ、「改革の信を市民に問う」と再立候補した関氏にたいし、当時党市議団長であった姫野浄氏が敢然と立ちました。姫野氏は、ムダな大型開発の優先と不公正・乱脈な同和行政の温存という「二つの病」にメスを入れずして、真の市政改革はありえない”との立場から、「芦原病院への百三十億円の貸付金は返済させる」、「年間百三十億円もの同和予算は全廃し、すべての同和特権を一掃する」など、「不公正・乱脈な同和行政は完全に廃止する」と主張しました。この論戦は大きな反響をよび、同和行政を市長選挙の争点に押し上げ、市民的な共感を広げました。

 党市議団は、この市長選挙での論戦をふまえ、その後の決算市議会と予算市議会において、団をあげて同和問題の追及にとりくみました。芦原病院問題の全面的解明はもちろん、同和住宅の建て替え事業や街路などの植栽事業で「同建協」業者に独占発注してきた、いわゆる「官製談合」問題をはじめ、さまざまな同和特別扱いの実態をしめして、是正を強く求めました。

 とりわけ力を入れたのは、「解同」の言うままに買いあさってきた十三万平方bもの土地が未利用地として放置されている問題や、人権協会への事業委託問題についてです。

 私も、淀川区加島の高架下市有地が、一九七七年、「大阪市同和事業促進加島地区協議会」に無償で貸与され、長期にわたって駐車場として使われながら、大阪市には一円も入れられていなかったことや、土地開発公社に代行取得させたうえ、事業目的がなくなった後も空き地のまま放置されてきた土地が、地区人権協会によって駐車場にされていたことなど、現地調査にもとづいて暴露し、その見直しを求めました。

 また、「ふれあい人権住宅」(旧同和住宅)付帯駐車場(全市で百五十六カ所、十一万六千平方b、契約台数三千三百八十二台)や、同和未利用地を利用した駐車場(四十八カ所、四万三千平方b、契約台数八百十五台)の運営管理を人権協会に委託して、年四億三千万円余りの収入があるにもかかわらず、大阪市には五千五百万円しか納められていないという、到底市民の理解を得られないような契約実態にあることを指摘し、その見直しを迫りました。

 これまでマスコミは、長い間、党市議団の同和問題の追及をいっさい無視してきましたが、この間の議会質疑は、テレビをはじめ一般新聞も大きく取り上げ、市民の話題になりました。

 また、議会でのたたかいと平行し、四月二十四日、姫野浄さんと「おおさか市民ネットワーク」代表の藤永延代さんが、芦原病院問題で関市長ら五人を背任の疑いで大阪地検に刑事告発するなど、市民的なとりくみも広がりました。五月二十二日に開かれた、刑事告発の報告と同和利権の一掃を求める市民集会には、マスコミ各社が取材にかけつけました。「同和タブー」は確実に打ち破られつつあります。

 三十年以上に及ぶ、日本共産党と革新民主勢力の、ときには命がけのたたかいが、いま大阪市の「同和の闇」に本格的なメスを入れ、不正腐敗を一掃する大きな展望を切り開いているのです。
 


 同和利権の一掃、同和行政の完全終結へ

 こうしたなかで、党市議団は、市民運動とも結んでさらに追及の手を強めるべく、五月二十六日、日本共産党大阪府委員会との連名で、市民へのアピールを発表し、「同和利権一掃、市民犠牲のニセ改革ストップ」の大きな市民運動をよびかけました。

 また同時に、議会においては、三月の予算市議会での芦原病院にかんする百条委員会の設置提案につづいて、六月六日の本会議には、芦原病院問題と「飛鳥会」事件の二件についての百条委員会を設置するよう再度提案しました。与党は、結局二度もこれを否決したことになりますが、「否決する理由はなかった」とか、「できれば賛成したかった」などと本音をもらす議員が出るなど、確実に彼らを追い詰めていっていると言うことができます。

 一方、関市長も、五月十九日の記者会見では、「差別はいまも存在」しており、「人権行政というものは、これからもますます重要性が増す」とのべていましたが、六月二日の記者会見では、法期限後の事業を総点検するとして、管理作業員や給食調理員、保育所や青少年会館の職員配置など、いわゆる「同和加配」の見直しや、「ふれあい人権住宅」の入居募集対象区域を拡大することなどを課題にあげるなど、同和行政の一定の見直しを表明せざるをえなくなっています。

 日本共産党大阪市議団は、このような情勢の発展に確信を深めつつ、差別の解消がすすみ、「法」が失効した後もなお温存されているいっさいの同和利権を一掃し、同和行政の完全な終結に向け、引きつづき全力をあげる決意です。


(しもだ・としひと)