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南港ポートタウンに総合病院の建設を求め

てらど議員が民生保健委員会で質疑

てらど月美市会議員

2010年3月18日

 日本共産党のてらど月美大阪市会議員は、3月18日の民生保健委員会で、南港ポートタウンに総合病院の建設を求める陳情書について採択を求めました。

 てらど議員は、「南港ポートタウンの総合病院問題については、1973年に1万戸の住宅建設というマスタープラン構想で200床の総合病院、敷地面積は看護師宿舎含め8,400u、経営主体は公的病院の性格と具体的に謳われ」たものの、以後丸37年間全く進展はなく、「総合病院ができると思い終の棲家にと引っ越してきた」など住民の声を紹介し、「37年間の長い歳月、大阪市は建設するチャンスがなかったのか」と追求。この間の経過や問題点について厳しく当局に迫りました。

 てらど議員は、「37年の経過の中で、大阪市の裁量で実現できた時期と法令等の規制により大阪市独断では実現が困難な時期の2つの大きな流れがあった」と問題点を指摘し、「1977年の医療審議会ではベッド数110床の病院建設が決定され、環境が整ったにもかかわらず実行に移さなかったものだ」と大阪市の責任を質しました。

 健康福祉局は、総合病院の建設について「建設されなかった経緯は承知していない」と無責任な答弁を繰りかえしました。

てらど議員は、「大阪市が実行に移さなかった責任は重大だ」と批判。その後の社会情勢の変化の中で建設が一層困難となり、「大阪市は、『建設は無理』との姿勢から『病院誘致論』に変わった」が、現在は「誘致すらも見えない状況だ」と指摘しました。

 てらど議員は、「37年間の中間的総括を行い、住民が納得のいく説明を」と要求するとともに、「反省すべきは反省せよ」と迫りました。

最後に、てらど議員は、住民の声などを地元での現地調査の際、病院建設用地が草木で荒れ放題になり周辺の景観とそぐわないと指摘し整備を求めました。また、総合病院を誘致する土地だと住民にもわかるよう看板を設置するよう求めました。

 港湾局は、病院用地について、「周辺に悪影響がでないよう改善し適正な管理に努め」、看板については「検討する」と答えました。